−望月あきらの『カリュウド』−

 望月あきらが『ゆうひが丘の総理大臣』の直前に発表した『カリュウド』(原作・日向葵)は、彼の作品の中でも極めてダークな味わいを持った作品である。

 本作は、いきなり絞首台で処刑されようとしている凶悪な死刑囚の怒号から始まる。

「ああ 殺したりねえ 殺したりねえ もっと殺してやりゃよかったんだ 世の中にゃ殺しても殺してもあきたらねえヤツがウジャウジャいるんだ そいつらをみんな道づれにしてやりゃよかったよ」

 そして死刑囚は自分の右手小指を食いちぎり、それを形見として母親に届けることを看守に託して処刑される。

 死刑囚の死体はただちに病院に運ばれ、その脳が広瀬博士によって脳腫瘍に冒された少年−−北十字良に移植される。クールな美貌(望月漫画でも一、二を争う美形だね、こりゃ)を持つ良は学園生活に戻り、GFの由美と楽しいひとときを過ごすが、抑えきれない衝動によって、良が知らないはずの死刑囚のいた刑務所の近くにたどり着く。そこで件の看守が形見の小指を下水に投げ捨てているのを見て、良の右手小指が黒く変色する。看守を尾行した良は、駅まで迎えに来た子ども二人に笑顔で応える看守の背中に傘を突き刺し、殺害する。そして雨の中去っていく良の背に死刑囚の顔が浮かび、「もっともっと殺してやればよかったんだ もっともっと」という文字が浮かび、第一話終了。

 以降、悪党を見かけるたびに(犯行現場を見ていなくても)小指が黒ずみ、脳にビビビィ! と衝撃が走り、良は社会の悪党どもを殺して回るのである。基本的に本作は連作短編シリーズなので、最後は日本支配を企む黒幕と闘うといった昨今の黄金パターンに走ることなく、毎回のように読者は悪党とそれにハメられて怨念を残して死ぬ人間、そして良が絶妙に工夫した殺しのテクニックを披露するという話に最後まで終始した。それが最初からパターン化されていたので、良が自分が何故簡単に人を殺すようになったのかを悩むとか、死刑執行人の使命を課せられた良と何も知らない純粋無垢の由美のロマンスなどもオマケ扱い。首が飛ぶわ手足がちぎれるわ、胴体が串刺しになるわ、火だるまになるわ、舌をチョン切るわの残酷場面が連発される作品が、少女漫画出身の望月の繊細な絵で描かれて少年漫画誌の誌面を飾っていたのである。

 その極めつけが、第八話「血の臭いがする」。脳手術以降、小指が黒ずみ人を殺しまくる自分の謎を解き明かそうと広瀬博士の病院を訪れた良の前に、コートにソフト帽を深く被った義足の大男が現れる。左目から頭頂部までを人造皮膚で覆われ、体中傷に覆われた男は、良のカルテを持っていた。

「そのカルテはおれのだ 返せ!」

「広瀬が手術したという患者…ユーね ゲヘゲヘ おまえも探して殺すつもりだったョ」

 良をたやすく拉致した男は、良と良のカルテを餌に、広瀬博士を川崎の埠頭に停泊するクルーザーに誘い出す。

 15年前、その男−−カーチャリアスと広瀬博士は親友だった。二人がクルーザーでダイビングに出かけた折り、ホオジロザメが広瀬を襲った。その時彼が放った水中銃の銛が誤ってカーチャリアスの左足に刺さり、サメは血を流すカーチャリアスの左足を食いちぎり(当時話題になった映画「シャーク!」そのまんま)、体中を噛み切っていったのである。囚われの良の前で、クルーザーにやって来た広瀬博士にカーチャリアスが怒りの声を浴びせる。

「私は生きた…生きたのだ 現代医学のおかげでこんな怪物のような姿になってネ わたし死ねなかった おまえに復しゅうするまではどうしても死ねなかった」

「復しゅう…な…なぜだ」

「とぼけるのやめなさい広瀬! 友人をサメのえじきにして自分だけが逃げた おまえ卑きょう者ネ!」

「違う 信じてくれカーチャリアス」

「信じろ? わたしそんな人間らしい感情ないね わたしこのとおりサメに食いちぎられて……正常に働いている脳はこれっぽっちネ つまりサメと同じよ ヒヒヒ…わたしサメヨ サメ男ね」

 そして二人は縄で縛り上げられて海に放り込まれ、クルーザーで引き回されたうえ、黒い液体をかぶせられる。

「これクジラの油よ さあ来い人食いザメ エサだね たっぷりあるネ」

 そしてサメが寄ってきたところで、広瀬博士の右足に水中銃の銛が打ち込まれる。

「わあっ!!」

 バクッ

 広瀬博士の右足が食いちぎられる。

 バクッ

 左足が食いちぎられる。

 ガブ バク ガブッ

 頭、右腕が次々と食いちぎられ、バラバラになった広瀬博士の体が水中に漂う。その後縄を解いた良がカーチャリアスを水中に叩き落とし、

 バクッ バキッ バク ボキッ ボワッ

 カーチャリアスと良のカルテは海の藻屑と化すのであった……って、全然カタルシスがない。この話だけで『カリュウド』のものすごさはご理解いただけたと思うが、そのほかの良の華麗なる殺人遍歴を紹介しよう。

・母子家庭の新聞配達少年を、大臣の乗った自動車が轢き逃げ、母親が号泣する→先端に針の付いた新聞紙製紙飛行機で運転手の目を潰して線路上に転落させて電車に轢かせる。その後大臣の愛娘を誘拐、石膏像にして殺し、悲しみのあまり大臣は発狂する

・橋の工事を急がせるために、橋げたの下敷きになった作業員を見殺しにした現場監督→河原で待ち伏せし、生き埋めにする

・財産目当てに老実業家と結婚し、殺した女→注射器をうなじに刺して殺し、池の鯉の餌にする

・ダムの水底に沈もうとする村に残っていた病人とその妻が、逃亡中の宝石強盗によって殺される→水門が開いて水が迫る村に戻ってきた強盗の脚に罠を引っかけ、固定。「ワナにかかった獣が生きのびるにはどうするか知ってるか?」と囁き、斧を置いて去る。

・作業員を劣悪な環境で働かせ、給金を巻き上げ、反抗する者は地下室に飲まず食わずで監禁したり、コンクリートで生き埋めにしたりする現場監督→体中に生卵とトウモロコシを付けて腹を減らした鶏の群の中に入れ、鶏のくちばしでつつき殺させる

・貧乏な男をそそのかして質屋に強盗に入らせ、質屋の父娘と男を殺して金を懐に収める警官→娘の好きだった野口五郎のレコードを飛ばして警官の首を切り落とす

・酒食に溺れて女房を殴りつけ、さらに金目当てで親友を殺して新エンジンの設計図を奪った男→良によって眠らされ、背中に設計図の刺青を彫られて女房の所に連れて行かれる。女房は金のために男を殺して背中の皮を剥ぎ、設計図を売りに行く

・殺人の濡れ衣を着せられた植木屋の無実を知る裁判官。しかしそれを証言すると彼は愛人との浮気が露見するので、死刑の判決を下す。植木屋は恐怖のあまり獄中死→裁判官の舌をハサミでチョン切り、法廷にさらし者にする

・美術展開催のために中国から借りた数億円もの壺を割ってしまった美術館館長がその罪を老警備員にかぶせ、警備員は自殺してしまう→館長を製氷工場に連れ出して氷漬けにし、美術品を引き取りに来た中国大使の前でその氷を落として粉々に砕く

・戦時中、自分の思い通りにならない従軍看護婦を殺し、その恋人梶の乗る特攻機を撃墜し、さらに部下達を玉砕覚悟の戦闘に駆り出して自分は敵前逃亡した横川大尉。復讐のために彼を31年間追っていた梶の親友笹川も、毒を盛られて横川に殺される→笹川の拳銃で射殺し、寺の鐘の中に逆さ吊りにする

・彫刻家を目指していた白川と平野。自分を侮辱した相手と喧嘩しようとした平野を止めようとしたはずみで、白川は利き腕を再起不能にされてしまう。平野は白川のイニシャルを腕に彫り込み、自分の人生を捨てて白川の代わりに彫刻を彫る。それによって名声を得て財閥の娘と結婚が決まった白川は、平野を殺す→結婚式で披露された「白川作」の彫像の右手に、彼の万年筆のキャップを握った平野の刺青付きの腕がアクリル漬けにされて展示され、白川は警察に連行される

・婿養子で病院の院長に収まった男が女房を殺してその罪を通りがかりの青年にかぶせ、青年は死刑にされる→狩猟に出た男を狂犬に襲わせて、山小屋に監禁。狂犬病に発病した男は、何日間もの間叫びながら衰弱して病死する

 以上を読んだだけならば、『カリュウド』はただの『ブラックエンジェルズ』の元祖という作品に認識されてしまうかもしれない。いや、実際「正義」の名の下に起こされる残酷な殺人を楽しむ悪趣味な作品でしかないかもしれない。

 しかしこれは、さまざまな青春像を描き続けた望月あきらの作品である。望月は、『サインはV!』(原作・神保史郎)でスポーツのために肉体のハンディも親友の死も乗り越える少女を描き、『ローティーン・ブルース』でボンボンながらも自分なりに青春の回答を見出そうと苦悩した少年を描いた。

 しかしその後自分達に理解がある教師という、本来助言者でしかない大人に判断基準の全てをを委ねてしまい、アイデンティティを己の手で掴み取る行為を放棄してしまった少年少女達の闊歩する『ゆうひが丘の総理大臣』には、もはや社会に体当たりし、刃向かってでも己の正義を信じぬく若者の姿はない。『ゆうひが丘』の直前に描かれた『カリュウド』に、自らの手で自分の正義とアイデンティティを切り開いてきた、望月作品の闘う若者像の一つの究極の姿が込められているというのは、うがちすぎた見方だろうか?

   現在の町の片隅でコセコセと殴り合うヤンキーを描いたオママゴト青春漫画で満足するな! 若者なら、牙を抜かれるな! オトナの論理で悪徳の限りを尽くす社会のダニどもに自らぶつかれ! それが『カリュウド』の叫びだと筆者は信じる。


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