−『のぞき魔! バッド・ロナルド』−

 人間にとって、外部とのコミュニケーションは大きな問題である。それが心的、あるいは状況的にうまく行かなくなった場合、人間は本能的かつ短絡的に密室を求める。まず考えられるのは、密室に他人を監禁すること。そしてその逆が、自分が密室に入ることだ。もし、自分だけの部屋で自分だけの世界を作れたら。狭くて何も存在しないが、自分だけのパノラマ島を作り上げられたら。実際にその世界が構築されれば、それは他者から見れば悪夢のように歪んだものとなった形にしかならないだろう。それを痛感させられたのが、「のぞき魔! バッド・ロナルド」だ。

 主人公の少年、ロナルド・ウィルバーはモジャ髪に丸眼鏡をかけた細身のオタク少年。母親と二人暮らしなのでちょっとマザコンが入って弱気だが、素直な少年である。彼は同じ学校の美少女の家に彼女を誘いに行くが、プールで遊ぶ少女とそのボーイフレンド達に嘲笑されて寂しく帰路につく。その途中、彼女の妹に遭遇し、「お姉ちゃんがあんたなんか相手にするわけないでしょ」と揶揄され、さらに母親も馬鹿にされる。怒って謝罪させようとするロナルドは、はずみでその少女を突き飛ばしてしまう。転んで後頭部を打ち、絶命する少女。

 慌てて家に戻ったロナルドは、母親に相談する。「おまえは悪くない」とロナルドの自首を否定した母親は、一つのアイデアをひらめく。家の中央にあるバスルームを改造して入り口を塞ぎ、そこを隠れ家にしようというのだ。出入り口は隣室の棚の中の壁に穴を開ければよい。突貫で作った隠れ部屋は見事に完成し、ロナルドを捜索に来た警察も欺かれ、彼は逐電したということで落ち着く。

 そしてロナルドの密室での生活が始まる。母親から食事をもらう以外は、趣味の絵描きとアトランティスの歴史の本を読む日が続く。しかし母親は健康を害していき、ある日彼女は入院先で死亡。それにより「空き家」となったロナルドの家は売りに出される。

 やがて家に、新しい家族が引っ越してくる。ごく普通の夫婦に、その娘達。自分と同年代の末娘を見たロナルドは、つぶやく。

「きれいだ。アトランティスの王女みたいだ」

 何も知らずに新しい家での生活を始める家族と、それをのぞき見るロナルドとの共同生活が続く。一家が留守の時、隠れ部屋を抜け出して冷蔵庫の食糧を漁るロナルド。

 数日後、姉のボーイフレンドのドウェインが家に来て、ロナルドの件を一家に話す。ロナルドが殺したのは、彼女の妹だったのだ。ロナルドを見つけたら必ず捕まえてやると意気込むドウェインの言葉に、のぞき見するロナルドが一人つぶやく。

「アトランティスの平和を、悪い魔法使いが妨害する」

 隠れ部屋の壁を極彩色のアトランティス文明の絵で埋め尽くし、妄想にふけり続けるロナルドは、もはや現実と妄想の境界を無くし始めていた。彼は自分がアトランティスの王子であり、その妃が越してきた一家の末娘であり、その妨害をする邪悪な魔法使いがドウェインだと思い込んでいく。

 そしてある日、ロナルドは末娘を隣の空き家の地下室に閉じ込めることに成功する。妹の身を案じた姉がドウェインを家に呼ぶと、さらに彼を襲って隠れ部屋に監禁。そして同じく連れ込んだ末娘にロナルドは告白する。

「悪い魔法使いは倒される。そして美しい姫は結ばれるのさ……アトランティスの王子であるこの僕と!」

 誰もいなくなった家でおびえる姉は、暗くなった家の中で、壁から光が漏れていることに気づく。恐る恐るその光源−−のぞき穴をのぞいた姉は、そこから誰かがのぞき込んできたのを見て、悲鳴を上げる。

「いやーーー!」

 その瞬間ロナルドが隠れ部屋の偽装壁を突き破って現れ、外に逃げ出そうとする。そこにパトカーが到着し、玄関から走り出てきたロナルドはあっという間に組み敷かれる。

「ママー!」

 ロナルドの絶叫を残して、映画は幕を迎える。

 監督はスティーブ・マックィーンの遺作「ハンター」を撮ったバズ・キューリック。一見できそこないの猟奇犯罪映画のように見える本作だが、実に丁寧に作られている。丁寧といっても、特殊メイクやコケ脅しシーンが満載というわけでない。むしろ演出は、実に静かで淡々としている。

 どこにでもいる真面目で内向なオタク少年が、事件をきっかけに密室での生活を余儀なくされ、母親という外界との最後の連絡通路を絶たれたことにより、次第に己が作り上げた想像の世界の中でアイデンティティを構築していく。

 変質者を主役に据えた作品は多い。逆に変質者が襲いかかってくる映画など、掃いて捨てるほどある。しかし映画中の彼等はあらかじめ変質者として完成されている存在として登場する。過去に何があったからこうなったと言われても、我々観客はただの絵空事にしか感じられない。しかし本作では、当初普通だった少年が、異常な状況に追い込まれ、そこで自分の空想に熱中し、そして変質者へと成長する過程を、まざまざと見せつけられるのである。そこらにいるような少年が、隠れ家の中で髪を乱し、好きな絵ばかり描いている様を違和感無く見せられ、最後隠れ家から出てきたとき、観客は軽い衝撃を受けるだろう。自分が今まで感情移入してきた映画の主役は、日常的な空間に出てきた瞬間、髪を乱し、絵の具にまみれた薄汚れた服を着た、ただの変質者になっていたのである。ちょっとの歪みで、誰だって簡単に変質者になりうる。そしてそれが、ロナルドの青春だったのだ。

 健全な若者と健全な思想が溢れる青春ドラマを見たときに、今でもふとロナルドの事を思い出す時がある。孤独でみじめな青春。そしてそれをカバーするために作り上げた虚構との狭間でのあがき。誰だってあっただろ、そんなひとときが。ロナルドのみじめな姿は、平凡な社会人に埋没した筆者にとって、存在しなかったもう一つの青春の、痛ましい思い出となって今なお残っている。


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