−『電人ザボーガー』−

 仮面ライダーV3の引き立て役として、弱すぎて怒りっぽいライダーマンを演じていた山口暁(豪久)は、『忍者部隊月光』から続く自分のキャリアがこんな中途半端なキャラククターでメジャーになっていく事に内心忸怩たる思いでいたのではないか。

 そんな山口が今までの鬱積をスパークさせて、アルバート・ピュンの映画にでもそのまま使えるウルトラクレージーバイオレンスサイボーグコップとしてブレイクしたのが、『電人ザボーガー』(74年、フジテレビ)だ。

 物語は、秘密刑事の大門豊(山口)が、大門の父を殺して奪ったダイモニウムエネルギーを悪用したロボットを作って犯罪を行う悪之宮博士率いるΣ団に、オートバイに変形する犯罪捜査ロボット・ザボーガーと共に立ち向かうというものだ。この大門豊、第一話でいきなり殺されたかと思うと胸の電極回路で勝手に甦生し、敵の幹部クラスのロボットを素手で叩きのめし、金属製の警棒や扉を素手でブチ折る。トラックを改造したロボットに正面からぶち当たって吹っ飛ばされたかと思うと、バズーカ砲の直撃を受けても屁とも思わぬ、カラテブーム真っ最中の時期ならではの野獣刑事だ。

 なにせ本作は『スペクトルマン』では公害や伝染病をまき散らす怪物と闘わされるわ、『鉄人タイガーセブン』ではバイクで幼女を跳ねるわ、改造手術によって寿命を縮められるわ、主人公を神経衰弱ぎりぎりまで追い込むハードなストーリーでならしたピー・プロ製作に加え、原案は劇画界の冥府魔道小池一雄(夫)、脚本は上原正三・藤川桂介・高久進などが担当(あ、監督は湯浅憲明や山田健とかね)のことだけはあり、毎回のように大門は危機に陥り、周囲の人間を不幸にしつつも、Σ団の刺客と対峙して、

「正義が勝つか、悪が勝つか、勝負を決めようじゃないか!」

「おのれぇぇぇ、悪之宮ぁぁぁっ」

 と叫ぶ、息を30分止めて、興奮剤と筋肉強化剤を注射したような、テンションの高い、濃密すぎるドラマを形成していたのである。さらに前半は協力者の新田警部に扮する根上淳の苦み走った演技がそれを助長させていたのだが、さすがに後半は中野刑事に扮する、帰ってきたウルトラマンの中に入っていたきくち英一と、Σ団崩壊後登場した恐竜軍団の幹部悪魔ハットに扮する、これまた帰ってきたウルトラマンの怪獣に入っていた遠矢孝信という日大コンビが素顔で登場、マヌケなキャラクターで明るい雰囲気を作ろうとするのだが、大門の暴走は止まらず。タイガージョーもどきのライバル悪役秋月玄はおろか、秋月に心を寄せられる孤児の冬子(戸川京子)も相手にせず、野獣捜査線を進めていくのだ。

 そのワリを喰ったのが、本来主役のザボーガーである。従来のロボットものではロボットの自我意識によるドラマの展開がメインになる場合が多いのだが、本作ではただでさえ大門が強いので、本来ヒーローたるザボーガーは、その大門に遠隔操縦されて動くだけという設定と相まって、ただの移動の道具、重火器の塊として扱われる。シリーズ後半、Σ団崩壊後の敵である恐竜軍団編では、荒野にテントを張ってカレーを喰ってばかりいる松江健の乗る、バズーカ砲を2門装着したバイクと合体、ストロングザボーガーに強化されるのだが、大門の指令はミスが多く、必殺武器の速射破壊銃やストロングバズーカを撃ち惜しんでいるうちに、ザボーガーは冷凍ガスを浴びて凍らされたり、崖から落とされたり、爆薬でバラバラにされたりし、最終回は恐竜軍団の首領魔神三つ首(なんと3つの3メートルはある巨大な竜の頭が蠢く実物大の着ぐるみ!)に大門の命令によって突撃させられてバズーカ砲を乱射しまくり、その跳ねっ返りが当たって三つ首もろとも吹き飛んでしまうのだ!

 ここまで自我意識を抑制され、人間性と英雄性を拒絶させられたロボットヒーローの存在は何を意味するのか? 所詮ロボットは友人でも夢の機械でもなく、あくまで道具を超えることはできないというメッセージが込められていると、うがった見方をすると、本作は『鉄人タイガーセブン』と双璧を成す、ヒーロー番組へのアンチテーゼとして完成されたヒーロー番組となってしまっているのである。

 ただ、本作の評価すべきは、ピー・プロ作品特有の、現実感を追求した作風にある。一般の特撮番組では、どんなにドラマ部分が工夫されていても、巨大ヒーローが出てきてミニチュアセットの中で着ぐるみ同士の格闘が始まれば、結局ドラマと特撮部分の分断がなされ、虚構性が目立ってしまう(それは等身大ヒーローものでも同じだ)。ところが本作では、大門はバイク型のザボーガーでいつも移動している。皇居の横も大手町のオフィス街もハンドル部分に巨大な顔の付いた凄まじいデザインのバイクで突っ走る。ロボットを日常的な道具として徹底することにより、ドラマ=日常の中に虚構を強引に存在させているのだ。そしてひとたび敵ロボットとの格闘場面になると、大門の姿は変わらないまま、その場でバイクはロボットに変形し、今度は虚構の中で大門とザボーガーという日常が闘い続けるのである。この日常と虚構のスムーズな連携は、国内外の特撮映像の中でも際立ったリアルさを生んでいる。このあたりは、ピー・プロの創立者で社長でもあり、戦前から実写映像の中に限りなく実写に近いアニメーションを挿入して、虚構と現実の融合した映像を追求し続けてきた鷺巣富雄の思想が、その底流にあると言っても過言ではあるまい。最近は、ドラマ部分と特撮部分が乖離している作品が少なくない。特撮イコールミニチュアセットで暴れる怪獣という認識の、特撮が何のためにあるのかを理解していない人には、『電人ザボーガー』、そしてCGと実写の融合を図る昨今のデジタルシネマの凄さは永遠に理解できまい。


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