−『宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン』−

 湾岸道路でトラックを止めて、運転席で居眠りしている運ちゃん。突然数十メートルはあるスペクトルマンが吹っ飛んで来ると、トラックにブチ当たり、運ちゃんは放り出される。暴走し、激突炎上するトラック。

運ちゃん「何やってんだ、この野郎!」

スペクトルマン「すまん!」

 片手を挙げて、謝るスペクトルマン。

 ……これだけでも、このスペクトルマンが、街を破壊しまくってもポーカーフェイスでいられるウルトラワールドの住人達とは全然違う事がわかるだろう。とにかくこのスペクトルマン、立場が弱い。

「スペクトルマンに変身させてください!」

「人がいるからダメだ!」

 なんとスペクトルマンは自分の意志で変身できず、いちいち母星ネビュラ71の上司にお伺いを立てて変身しなければならない。今は変身を許さんだの、変身するところを地球人に見られたら肉体を破壊するだの、例え変身しても、罪もない人間が改造された怪獣を殺せだの、平和を守る為とはいえ、こっちの都合を考えないで空飛ぶ円盤から指令を出すクソ上司に振り回されるスペクトルマンこと蒲生譲二は、人の企画書をゴミ箱に叩き込む部長や、部下を半年以上もシカトする課長に、椅子をぶん投げて殴り殺しちまいたいと思った我々サラリーマンの共感を呼ぶ。

 そもそも本作の原作者であるピー・プロの鷺巣富雄の視線は、企画段階から敵役のゴリ(声は小林"次元"清志)に向けられており、放映開始時の題名は『宇宙猿人ゴリ』だった(その後『宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン』『スペクトルマン』と変化していく)。ゴリはE惑星でクーデターを企てて失敗、腹心のラーと共に宇宙を放浪、偶然たどり着いた地球を侵略する事を決意する。その理由のひとつが、美しい地球を公害で汚している人類を許せないという、崇高な思想なのだが、実行部隊のラーは本当に猿レベルの知的レベルで、地球の生物を改造して侵略を企むゴリの足を毎回のように引っ張る。理解者と部下に恵まれないゴリは、我々サラリーマン……以下略。

 そしてゴリの侵略を迎え撃つのが、大平透(『マグマ大使』でゴアを演じていた人ね)率いる公害Gメンだ。この公害Gメン、ビルの一室に事務机を並べ、装備はヘルメットと一般乗用車だけの政府の末端機関。ちなみに女性隊員のヘルメットにはパトカーみたいなランプが付いており、これでネグリジェでも着てれば『サタデー・ナイト・ショー』の美保純。こんな連中だから、怪獣を見つけても警察を呼ぶのが精一杯。さらに民放で企業の金で製作された番組なのに、公害をテーマにしているのだから、大企業にとって面白いはずが無い。ピー・プロの抵抗も空しく、公害Gメンは、さっさと怪獣Gメンに組織を変更させられてしまう。所詮は宮仕えの身と割り切ってしまう公害Gメンは、我々サラリーマン……もうええ。

 そんな日本の高度成長期のサラリーマンのグランドホテルドラマと化した『スペクトルマン』は、公害がクローズアップされた時代背景と、辻真先・藤川桂介・小池一雄・高久進といった戦中派の脚本家に取り囲まれ、今じゃ絶対に作る事は不可能な、特殊なヒーロー番組と化していったのだ。

 『恐怖の公害人間!!』『美くしい地球のために!!』(監督土屋啓之助・脚本小池一雄)は、そういったサラリーマン根性のイザコザのおかげで、いつの間にかゴリが勝利してしまった珍作。

 ゴリは地球に地下基地を作るが、スペクトルマンに発見されそうになり、ラーを巨大化して暴れさせ、スペクトルマンの注意を引こうとする。巨大化したラーは新宿の高層ビルに登り、屋上に座ってスペクトルマンを待つ。

「スペクトルマン来ないなー。あのカサブタ野郎!」

 足をバタバタさせて首を傾げるラー。そこにやって来た学研のおばちゃんじゃない、スペクトルマン。 

「ゴリ! なんでおまえはイタズラばかりするんだ!」

 何十メートルもある巨大猿怪獣にこの余裕。あっという間にラーは叩きのめされ、ほうほうの体で逃げ出す。しかしその隙に、ラー2号は団地の親子3人を誘拐、ゴリは彼等を「恐怖公害人間」に改造してしまう。

「こいつらの息にかかれば、夕べの(ラーが公害エキスを飲ませて殺した)ポリ公のように変色して死んでしまう」

 さすがIQ300のゴリ。ポリ公なんて言葉を使った宇宙人なんて、あんたぐらいだよ。そして団地に戻された恐怖公害人間親子により、三河屋の御用聞きが真っ黒けにされてのたうち回る。

「あの3人の親子を殺せ。彼等によって公害伝染病が地球上に蔓延すれば、人類は絶滅の危機にあう。躊躇せず殺せ」

 ネビュラ71の指令を無視し、駆け付けた蒲生の前で、哀れ三河屋、恐怖公害人間親子に介抱され、さらに苦しんでいる。

「あなたたちは外に出てはいけないんだ! あなたたちの吐く息が、咳が、唾が、恐ろしい公害病を伝染させるんだ!」

「公害伝染病なんてあるわけないでしょ!」

「その男はあなたたちのまき散らす公害のエキスに毒されているんだ! そしてその男すら、今では恐ろしい公害病を伝染させる恐怖公害人間になっているんだ!」

 扉をX字型の角材で閉鎖する蒲生(時代劇の見過ぎだって)だが、ついにスペクトルマンに変身し、団地の一室で怯える親子に手をかけようとする!

  「ダメだ! できない!」

 外に出て、扉を溶接したスペクトルマンは、命令違反で体を麻痺され、ネビュラ71へ送還されてしまう。ところが彼を倒そうと宇宙まで追っかけてきたラーとラー2号にいたぶられるスペクトルマンを見て、ネビュラ71は彼を元に戻す。スペクトルマンはただちにラー達を倒して団地に戻ると、スペクトルフラッシュを親子に叩き込もうとする!

「データはないが、エネルギーを少なくして照射しろ」

 ネビュラ71の投げやりな指令によって親子の公害伝染病は都合良く治り、メデタシメデタシ……かくして自己満足のスペクトルマン&ネビュラ71、地下基地の件を完全に忘れ、この勝負、ゴリの勝ち。どうもこのネビュラ好かん馬鹿ボーイことスペクトルマン、、自分の行為に陶酔する傾向が多い。

 それ故に最後の最後でとんでもない台詞を吐いたのが『巨大怪獣ダストマン出現!!』『よみがえる恐怖!!』(監督土屋啓之助・脚本辻真先)だ。

 ドブ河沿いの平屋で女房子供と暮らすダンプの運ちゃん岡田が大量のゴミを運搬して捨てた帰りに、ラーに誘拐され、改造手術を受け、あらゆる廃棄物をエネルギーにする怪獣ダストマンにされてしまう。

 ダストマン 和訳にすれば ゴミ男

 ただゴミを運んでいたというだけで、ダストマンは空き瓶、プラスチック、段ボール箱と、ゴミを喰い漁る怪物にされてしまう。ゴミを出す側でなくゴミを運ぶ側に因果がめぐるとは、さすが矛盾に満ちた社会を鋭くえぐった作品。このままでは家族に会えないと思いつつ、ダストマンは電話で子供にゴミを持って来るように指示。子供がリヤカーに満載して来たゴミをむさぼり喰う。そして巨大化、夢の島へ上陸、山と積まれたゴミをムシャムシャと喰い荒らす。そこにやって来たスペクトルマン。戦闘に入って、正気を取り戻したダストマンは訴える。

ダストマン「俺は人間だった時、あんたのファンだったよ。怪物を退治してくれる正義の味方。それがどうだ。今は怪獣はこの俺なんだ。このまま放っておけば、俺はまた腹が減って、大暴れをするだろう。頼む、俺を殺せ」

スペクトルマン「なんだって!」

ダストマン「怪物は退治されなきゃならねぇ。そいつがあんたの役目なんだろう。さあ、遠慮せずに俺を殺せ!」

 躊躇するスペクトルマンに見切りをつけ、ダストマンは東京湾に身を沈め、自殺する。ところが脳天気蒲生が、ダストマンの手首を持って帰ったところ、案の定、手首からダストマンが復活。女房子供と涙の再会を果たした後、再び巨大化、港湾地区で大暴れする。スペクトルマンは必死に説得しようとするが、ダストマンは止まらない。

「すまん!」

 謝りながらダストマンをどつきまくるスペクトルマン。そしてその直後、ダストマンは金属塊を腹に刺して、子供の名を呼びながら絶命してしまう。

「君は、わざと俺に退治させるつもりでいたのか!」

 大爆発の後、人間に戻った岡田(汚染物質まみれで真っ黒け)を抱きかかえる蒲生。

「その決意が、あなたを救ったんですよ。モンスターを構成するエネルギーが、自らを犠牲にしようとするあなたの意志で。あなたは元の人間に返ったんですよ、岡田さん」

 ゴリの超科学も、運ちゃんの超精神にはかなわない。

「たとえ公害病に苦しんでも、生きてさえいれば、いつかきっと青空が戻るでしょう」

 ……スペクトルマン、本物の公害病患者にその台詞を言えるか? 生きることだけで満足しろというのか?

 ……などと思っていたら、『ボビーよ怪獣になるな!!』『悲しき天才怪獣ノーマン』(監督樋口弘美・脚本山崎晴哉)で、スペクトルマンはさらにその無力さを露呈する。

 東西大学の堂本博士はあらゆる動物のIQを増進する方法を開発、犬のボビーの脳手術により証明する。その事を、怪獣Gメン御用達そば屋の出前持ちの、山本三吉(鶴田忍)が知る。三吉のピュアぷりは近所でも有名で、近所のガキに「5足す5はいくつだ」「馬鹿は死ななきゃ治らない」などと揶揄される青年。

「俺もう、馬鹿は死ななきゃ治らないなんて言われたくないんだ」

 三吉は、脳手術に志願する。しかし堂本博士は、手術前にゴリによって支配されるようになっていた。大学の医学部を卒業し医学博士になった三吉だが、同じ境遇のボビーは生肉を大量に喰うようになり、ついに巨大化・狂暴化、看護婦を掴み上げると頭を噛みちぎる。駆け付けた怪獣Gメンの前に放り投げられる、血まみれの首無し死体! 三吉の「ボビーを殺さないでくれ」という哀願を背に、登場したスペクトルマンはボビーを殺す。

 三吉は堂本博士がゴリの支配下にある事を見抜く(ついでに蒲生の正体がスペクトルマンである事も)が、堂本博士はゴリによって抹殺されてしまう。己の怪獣化を恐れる三吉は怪獣にならない方法の研究を始めるが、冷蔵庫の生肉をペロリと喰うなどの兆候を見せ始め、ついに怪獣ノーマンに変身。人間の脳を食べる為に、深夜通行人の若い女性を襲って頭部をピチャピチャと喰い漁る。深夜の路上に横たわる、ピンクのミニスカートの血まみれ首無し死体!

 三吉は蒲生に自分の足を鎖で縛り付け、もし自分が怪獣化したら殺すように要求する。三吉=ノーマンは、一発で人類を絶滅させられるゲラニウム爆弾をも作り始めていたのだ。しかし三吉は、絶叫を上げつつ、ノーマンに変身、巨大化。やむを得ず蒲生はスペクトルマンに変身、ノーマンと対峙する!

ノーマン「スペクトルマン、早く殺してくれ!」

 スペクトルバックル(手裏剣)を投げ、ノーマンと組み合うスペクトルマン!

ノーマン「何故殺してくれないんだ! 僕にはまだ僅かながら人間としての意志と心が残っている!」

 うめきながらゲラニウム爆弾の起爆装置を入れ、正気に戻って慌てて爆弾を抑えるノーマン。

スペクトルマン「三吉くん!」

ノーマン「これを投げないうちに殺してくれ。僕は人間として死にたいんだ。早く! スペクトルマン! 男の約束を……!」

 躊躇するスペクトルマン。

ノーマン「スペクトルマン! 人間として死なしてくれぇっっっ!」

 スペクトルマンはネビュラフライ(腕の刃物)で、擦れ違いざまにノーマンを斬り殺す! そのシーンをが5回繰り返された後、二人の姿にストップモーションがかかり……ドラマは、ボビーの墓と三吉の墓(いずれも角材の粗末なもの)が立つ無人の岬が映されて終わる。余韻もへったくれも無い、この無情さ! もちろん本作は『アルジャーノンに花束を』を下敷きにしているのは一目瞭然だが、何の救いも光明も与えないあたりが、『スペクトルマン』らしい翻案である。「どんな伝染病や改造手術も元の怪人が死ねば無効になる」仮面ライダーや、死んだ怪獣の命を弄べるウルトラマンタロウに、見せてやりたいハードボイルド(単に無力なだけ)。

 この他にもゴリによって煽動された小学生によって担任教師(阿部進)が先生怪獣カバゴンに改造されてしまうなど、ゴリは人間を改造し放題、『スペクトルマン』は年中ジャミラが走り回るトラウマ製造番組だったのである。

 もちろん『スペクトルマン』には、普通(?)の怪獣も登場する。

 空中を飛び回り、落雷で地上のものを破壊するサンダーゲイ。スペクトルマンはサンダーゲイに戦いを挑むが、サンダーゲイはスペクトルマンの動きとシンクロして大きさ・強さが変化するので、スペクトルマンが奮戦すればするほど、その攻撃を跳ね返す。攻撃するたびにスペクトルマンは地上に落っこちてビルや道路をブッ壊す(冒頭の事故はその為)ので、国民の非難が集中し、ニュースで「今回の都内各地の被害はスペクトルマンによって引き起こされたものです」と報道される始末。とにかくスペクトルマンが巨大化すればするほどサンダーゲイも巨大化する。しからばと等身大になり、海岸で横になって力を抜いたスペクトルマン、「今のうちにサンダーゲイを倒してくれ」と公害Gメンに懇願。スペクトルマンがリゾート気分を味わっているうちに(ウソ)、公害Gメンは小さくなって動かなくなったサンダーゲイを体内から破壊する事に成功する。

 しかしこのゴリの作戦、実は想像以上に恐ろしいものであった事がその次に登場する、人間の血を吸って巨大化するシロアリ怪獣バクラーによって判明する。バクラーは富士山に巣を作り、多量の卵を産む。そうはさせじとガスタンクを抱えてきたスペクトルマン、富士山の3合目当たりに右足を、8合目当たりに左足をしっかと踏ん張って、火口の中にガスタンクを放り込む……この時のスペクトルマンの大きさは、推計五、六千メートルは超えている。おまけにこのおかげで富士山は噴火を開始、さらに中から飛び出たバクラーはスペクトルマンと同じ大きさに巨大化し、大激闘! やめろ! おまえら日本列島を破壊する気か! 雲より高いレベルで戦うんじゃない!

 かと思うと、宇宙からやって来て、『ヒドゥン』よろしく次々と人間の肉体に寄生して、殺人を繰り返す脳髄だけのズノウ星人とか、戦いの前にいちいちエスニックな音楽にのって勝利のダンスを踊るギラギンドとか、食用蛙を改造したメタノドンとか、車に跳ねられた少年の怨念が生み出した、赤・青・黄の三つの眼を持つクルマニクラスとか、凡百の怪獣番組では見られない怪獣の群。鈴鹿山中で捕獲され東京へ輸送される途中で目覚めるという設定のマウントドラゴンなど、実物大の30メートルはあるハリボテを作って、オープントラックに乗せられて名古屋城横など一般公道を延々運ばれる超豪華さ。

 しかしスペクトルマンと共演した最強のキャラクターといえば、やはり松田優作(『探偵物語』「惑星から来た少年」)に尽きるのではないかと、譲二は思うのであった。


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